丹波市山南町小野尻。
山と田畑に囲まれた静かな集落に、農家民宿「小野尻庵(おのじりあん)」があります。

 

2階建てで、1階には広い食堂(20畳)と台所があり、2階には3つの和室と娯楽室(談話室)。
建物の周囲には、ブルーベリー畑や原木シイタケのホダ木置き場、川や田んぼなどが広がっています。

 

 

 

 

 

そこで迎えてくれるのは、三角修一(みすみ・しゅういち)さん、三紀子(みきこ)さんご夫妻です。

 

 

小野尻庵には、あらかじめ決められた過ごし方はありません。
何をしたいのか、どんな時間を過ごしたいのか。
宿泊前に電話で相談し、それぞれの滞在の形をつくっていきます。

 

体験の一例としては、春のたけのこ掘り、夏のキャンプファイヤー、そうめん流し、冬の薪割り、しいたけ収穫、トラクターの試乗・耕うん体験など。

 

「ここには、最初から用意されたものはそんなにありません。やりたいことがあったら、どんどん言ってください。できることはできる、できないことはできないと答えますから。でも最初に言うんです。『ないと言われても、めげたらあきませんよ』って」

 

そう笑うのは、修一さんです。

 

 


定員は13人。基本的には1人での滞在はお断りしており、2人以上のグループを受け入れています。

 

提供している食事は鍋料理が中心で、冬には、地元の猟友会などを通じて仕入れたイノシシやシカの肉を味わうことができます。
希望に応じて、但馬牛のすき焼きや焼き肉を用意することもできるそうです。

 

 

小野尻庵を営む、三角 修一さんは福岡県出身。学生時代を福岡で過ごした後、大阪で就職しました。

 

満員電車での通勤をはじめ、元々都会になじめないことから、今でいう働き方改革のはじまりである「週休二日制」が導入されたのを機に、平日は会社のために働き、週末は「自分のために使おう」と決めました。

 

二度の臨死体験、救急車にもお世話になったことから、「人生は二度はない。」と考え、暮らし方についても変えていこうと決意します。

また、これから先、長く暮らしていくなら、もっと自然のある場所がいいと考えたそうです。

 

 

一方、農家出身の三紀子さんは子育てのかたわら、趣味で貸し農園を利用して野菜を育てていました。

しかし、貸し農園は2年ごとに契約更新があり、しかも抽選。

そのうえ、当選したとしても同じ区画を使えるとは限りません。

 

時間をかけて土を整えても、また別の場所から始めなければならないことに、もどかしさを感じていました。

 

「それなら、ずっと使える畑を探そう。」

 

 

夫妻の思いが合致し、まずは大阪から通える土地を求め、京都や奈良、兵庫などを巡りました。

しかし、条件に合う場所を探すうちに、範囲は少しずつ広がっていきます。

 

そして、遠方まで通うなら、日帰りではなく、定年後の定住を見据えて「いっそのこと家を買おう。」と決めました。

 

そうして20か所ほどを見て回った末に出会ったのが、この場所でした。
修一さんが42歳のときでした。

 

↑ もうすぐ珍しい「月下美人」の花が咲きそうなのと 嬉しそうな三紀子さん

 

 

夫妻は金曜日に仕事を終えると小野尻へ向かい、土曜日と日曜日を畑や里山で過ごしました。時には、月曜日の早朝に大阪へ戻り、修一さんがそのまま出勤するという暮らしを続けたそうです。

 

子育てに手のかかる幼児期が終わり、三紀子さんにも少し家事などの余裕が出てきた頃、同居していた修一さんのお母様が二人の暮らし方を理解し、手厚く子育てを支えてくれたこともあり、小野尻での暮らしを少しずつ整えていくことができました。

 

現在でいう「二地域居住」を、まだその言葉が一般的ではなかった時代から実践していたことになります。

 

鍬の持ち方も分からなかったという修一さんでしたが、三紀子さんや地域の方、JAの農業指導員の方などから支援を受け、最盛期には一町(約1ヘクタール(10,000平方メートル))の稲作をするまでになりました。

 

 

取材時は、にんにくの出荷準備が進んでいました。

 

ニンニクは収穫後に根や葉を切り、しっかりと乾燥させます。
一部は専用の設備で約1カ月熟成させ、黒ニンニクに加工します。

 

 

家や畑の整備が進むと、修一さんは大阪で働いていた同僚や友人を小野尻へ招くようになりました。

そして、小野尻での暮らしについて話すたびに「泊まってみたい」という同僚や友人が増えていきます。

そこでみんなで集まって過ごせるようにと、建物の増築を決めます。

 

その後、修一さんが定年退職すると、住民票を小野尻へ移し、ここでの暮らしを本格的に始めました。

移住から6年目の2007年、同僚や友人を招くために増築した建物を活用し、「農家民宿 小野尻庵」を開業しました。

 

↑ 増築した建物を活用して「小野尻庵」を開業 

 

 

そして開業から、小野尻庵は今年で20年目を迎えます。
利用の目的も、ばらばらに暮らす核家族の集合場所や夏休みの家族旅行、同窓会後の宿泊などさまざまです。

大阪で中高一貫の女子校の教員として勤めていた三紀子さんのもとに、卒業生が(小野尻庵で会おうを合言葉に)毎夏集まるようになりました。

 

最近では、ミニバスケットボールの大会に参加する子どもたちを受け入れました。後日届いたお礼の寄せ書きを、三紀子さんはうれしそうに見せてくれました。

 

 

 

また2025年12月、アーティストの荻原眞也(おぎわら・しんや)さんが、近くの「和田地域づくりセンター」の外壁に巨大壁画を描くため、約20日間滞在しました。

 

 

滞在中は、三紀子さんが毎日手料理を用意しました。荻原さんは修一さんとお酒を酌み交わしながら、さまざまな話をしたそうです。

 

 

「ホテルでは、家族みんなが一つの場所に集まって、遅くまで話すのは難しいでしょう。ここな周りを気にせず過ごせます。」

小野尻庵は、ただ眠るための宿ではなく、人と人が再びつながるための場所になっていきました。 

 

敷地では、季節ごとにさまざまな作物を育てています。
春と秋の年2回収穫できる原木シイタケ。春のタケノコ掘り。

 

 

5月から6月にはニンニクを収穫し、夏にはブルーベリーが実ります。
ブルーベリーは種類によって実る時期が異なるため、夏の間、長く収穫を楽しめます。

ただ、紫色になった実がすべて食べ頃とは限りません。

 

 


大きさや形、触ったときのやわらかさを確かめながら、本当に熟した一粒を探します。

 

「まず食べてみて、どれがおいしいか覚えるんです。」と、三紀子さん。

 

 

同じように見える実でも、甘いものがあれば、まだ酸っぱいものもあります。
ブルーベリー畑では、三紀子さんに教わりながら、自分の手で摘み取りを体験します。

 

 

山には、シイタケを育てる約2,000本の原木が並びます。
秋には原木をひっくり返し、振動を与えることでシイタケ菌の働きを促します。

昔から「雷が鳴るとシイタケがよく出る」といわれるのも、振動が関係しているのではないかと、修一さんが教えてくれました。

 

 

年齢を重ねても、修一さんには、まだまだこの地域でやりたいことがたくさんあります。

宿からほど近い川沿いの一角に、竹が生い茂っていた土地があり、少しずつ開墾を進めています。

 

 


最終的には、水路から水を引いて小さな池をつくり、ワサビやクレソンを育てる計画です。そして、訪れた家族が休憩したり、キャンプをしたりできる場所にしたいといいます。

 

 

「まだ、やり残したことがいっぱいありますからね」と、修一さんは言います。

 

ご夫妻が小野尻と出会って約40年。

現在は、ご夫妻が無理なく対応できる範囲で受け入れています。

 

 

訪れた人がこの地域に「また帰ってきたい」と思える『田舎の親戚の家』のような場所。

この記事をきっかけに興味を持った方は、三角ご夫妻に会いに「農家民宿 小野尻庵」を訪れてみてください。

 

施設情報

【農家民宿 小野尻庵】

〒669-3166
兵庫県丹波市山南町小野尻849-1

 

〈宿泊〉
●1日1グループを原則とする完全予約制

●定員13人

●1泊2食付き 1人あたり7,000円(食事の内容によって金額が変動いたします。)

●夕食は、すき焼きやぼたん鍋など、時期に応じた鍋料理が基本です。

●飲食持ち込み可

●素泊まり1人あたり2,000円

●小学生は半額/布団・食事が不要な未就学児は無料

※農業体験や食事、滞在中の過ごし方は、事前にお電話でご相談ください。

 

〈定休日〉
不定休

 

〈お問い合わせ〉
TEL:0795-70-8111

※宿泊料金、食事内容、送迎、農業体験などは、時期や人数によって異なります。予約前に電話で最新の情報をご確認ください。

 

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